ファミコン「スーパーマリオブラザーズ」40周年思い出語り。僕の人生を左右したヒゲのおっさんのゲームの思い出。

ゲーム

今日はFCの「スーパーマリオブラザーズ」の発売日だそうで。
「スーパーマリオ」が発売されて今日で遂に40年ですか。

祝・スーパーマリオブラザーズ40周年!

振り返ると、その都度その時代のマリオが一緒にいたようなもんですねぇ。

どーも、人生の3分の2近くをマリオと共に歩んできたゲームを卒業できないオッサン、たけGです。

⚫︎ファミコンと出会って、スーパーマリオに出会った。

僕とマリオの出会いは、もちろんファミコンの「スーパーマリオブラザーズ」から。

もともとファミコンではマリオが主人公の「ドンキーコング」や「マリオブラザーズ」などで発売されてましたが、我が家にファミコンが入ってきたのは「スーパーマリオブラザーズ」が大ヒットした後だったので、僕とマリオの出会いも「スーパーマリオ」が最初でした。

中学生の頃でしたねぇ。
弟が父親と一緒にファミコンを買いに行って、家で待ってる僕は当然、世間や友達の間で人気沸騰だった「スーパーマリオブラザーズ」を買ってくるもんだと思っていたら、買ってきたのはまさかの「ロボット」で。

「ブロックセット」の方でしたね。

ファミコン購入時のエピソードはこちらの記事で書いております。

ファミコンの思い出語り。これまでの僕の人生を決定づけた伝説のゲーム機のお話し。 : たまっていくのは遊びきれないゲームと数えきれないリグレット

ファミコンというゲーム機を遊んだことがないなら早く遊んだ方がいいぜ。僕の血はそいつでできてる。13歳の細胞に流れ込んだまま、まだ抜けきれちゃいない。そんな、小さな恋のメロディの歌い出しっぽく始める今回のお話し。どーも、たけGです。昨日の7月15日はファミコン

結局、ファミコン購入から少し遅れてから購入することになった「スーパーマリオブラザーズ」。

それ以前に友達の家で遊ばせてもらったことがあるので、それが初体験というわけではありませんでしたが、家でじっくり気兼ねなく遊べることで本質の面白さを体感できたのはこの時が初めてだったと言えます。

ファミコン以前に持っていたゲームといえば、ゲーム&ウォッチ。
とはいえ任天堂から発売されたオリジナルなものではなく、他社から発売された類似品を持っていました。

ガンダムのゲームだったかな。
ア・バオア・クーを舞台に次々現れるジオング、エルメス、ビグザム(だったかなぁ)をガンダムで次々に落としていくような、そんなゲームでした。

調べても資料が見つからないので、曖昧な記憶を辿るしかないですが…

オリジナルのゲーム&ウォッチと言えば、友達の家で2画面の「ドンキーコング」を遊ばせてもらった事はありました。
他にも友達に遊ばせてもらったっけ。

上記のファミコンの記事に詳しく書いていますが、テレビに繋げる据え置きゲームと言えばカセットビジョンJrを持っていました。
グラフィックが本当にチープなゲーム機でしたが、ファミコン登場以前のテレビゲーム機の中ではスタンダードな機種だったらしくって。
あの頃、持っている人は意外と多かったんじゃないかなあ。


他にそれまでの僕が遊んでいたゲームは、インベーダー系のシューティングゲームや、パックマンに代表されるドットイートゲーム。
先に友達が持っていたファミコンで一緒に遊ばせてもらった「ベースボール」や「サッカー」。
同じく、友達の家で遊ばせてもらった、パソコンのコマンド選択式のアドベンチャーゲーム。


ゲームと言えば、そういったものが常だった僕にとって「スーパーマリオブラザーズ」は実に革新的なゲームでした。

⚫︎「スーパーマリオブラザーズ」の思い出


右に走ってスクロールしていくステージ。
Aボタンを押してジャンプして、クリボーを踏みつける。
Bボタンを押したまま走るとダッシュ。
ゲームの世界観にピッタリ合った軽快なBGM。
しかし制限時間が近づくと、そのテンポが早まるのですが、ちょっとだけテンポが早まっただけで

「急がなきゃ!」
と思わせる音楽へと変貌する絶妙なゲームデザイン。

今でこそ横スクロールのジャンプアクションゲームって、スタンダードなジャンルの1つですが、この頃は他に同じようなゲームって無かったんじゃないかなぁ。
そんな「スーパーマリオブラザーズ」に、僕は一気に虜になりました。

今にして思えば、この最初の画面でゲームの全てが集約されているんですよね。

最初の一歩目からBボタンでダッシュする。
ジャンプしてブロックを割れる。
出てきたキノコをとったらパワーアップする。
ジャンプしてクリボーを踏みつけることが出来る。

と、このように「スーパーマリオブラザーズ」というゲームの基本を、この最初の場面で学ぶことができるようにデザインされてるんですよねぇ。

今更ながら、これはよく出来てるわ。

あの頃は、弟と一緒にプレイするので、基本2人プレイ。
かといってこの頃は同時プレイは出来なかったので、1P側と2P側が交互に遊ぶスタイルでした
兄である僕はもちろん1Pマリオで、弟が2Pルイージ。
この頃のマリオ兄弟には、性能的な差は全くなく、色が違うだけだったのでそこで争いが起きることはありませんでした。
ノコノコの甲羅を使った無限1UPを僕が先に覚えたもんだから、それを兄が延々と繰り返して、
「いつまでやっとるん⁉︎」
と、抗議を受けるようなことはありましたっけ。

ただ、やっぱり中学生という多感な時期に「スーパーマリオブラザーズ」にハマってしまったもんだから、そのままファミコンにハマり、その後の「ゼルダの伝説」や「ドラゴンクエスト」に熱中するあまり、受験勉強が疎かになっていってしまったわけなんですけども。
この辺も先の上記のファミコンについての記事で書いてましたね。

もしもこの時、「スーパーマリオブラザーズ」に出会わなければ、僕の人生も今とは違っていたものになっていたかもしれません。
(ま、元々そんなに賢くないので勉強に打ち込んでもその後の進路に大きな変化はなかったかもしれないし、プラモデルやラジコンなどの別のものにハマってしまっていた可能性も高いですけどね)

このファミコン「スーパーマリオブラザーズ」で思い出すのは、後ろから見ていた母親が、

「このゲームは見ているだけでも面白い」

と言っていたことです。
息子たちがファミコンを遊んでいるのを後ろから見ていて面白いと言っていたのは 、何故か「ボコスカウォーズ」、そして「スーパーマリオブラザーズ」だけ。
後は苦言ばかりでしたね。

弟と2人で盛り上がって遊んでいた「キン肉マン マッスルタッグマッチ」なんかも

「何が面白いのかわからない」

と言ってましたから。
そんな母を喜ばせようと、頑張って次のステージへ行くんだみたいな気持ちがあったのかもしれません。
実際、自分が遊んでいるのを後ろで母親が楽しそうに笑っていて、それが嬉しかったこともよく覚えている
んですよねえ。

⚫︎「スーパーマリオブラザーズ2」の思い出

続編「スーパーマリオブラザーズ2」は、ディスクシステムで発売されたソフトでした。
父親がディスクシステムを買ってくれた時に弟が買ってもらい、一緒に遊んだのですが…

これがもう難しくて難しくて。

「1」をやり込んだ上級者向けに作られていたようで、シリーズ中1番難易度の高いタイトルではないかと今でも思います。
弟と交互に協力しながら遊び、ファミマガでルート短縮を調べてクリアを目指していたと想うのですが、当時クリアしたっけな、どうだったかな。


ちなみにこの「2」ではマリオとルイージに性能の違いがあらわれましてね。
マリオ兄さんの方は前作そのままの挙動なのですが、ルイージさんの方はジャンプ力が兄さんよりある代わりに、ダッシュ後にボタンを離してもピタッと止まらず、若干滑ってしまうといった、少々クセのある性能になっていました。
おかげで弟が、ルイージは使いにくいからイヤだということで、初めて兄弟の間でマリオ争奪戦が勃発しましたっけねぇ。


それでも、諦めずに遊び続けたのは、偉大な前作「スーパーマリオブラザーズ」を骨の髄までしゃぶり尽くしていたので、新しいステージの「スーパーマリオ」を遊びたかったからだったと思います。
ルイージで遊んでいる時にギリギリの崖で止まりきれずに落下したり、ジャンプしたら風に阻まれて向こう岸に届かず落下して、死体の山を累々と築きながら遊び続けてましたよ。


でも、この「2」を遊んでる最中に「ああ、もう!」「くっそ!」みたいな感じで叫ぶことが多くなったので、よく母親から「うるさい!」って怒られてましたっけ。

⚫︎その後のシリーズの思い出。

他のタイトルも同じ感じで書いてたら長くなりすぎなので簡潔にいきますか。

「スーパーマリオブラザーズ」高難易度バージョンみたいな感じだった「2」から一転、「スーパーマリオブラザーズ3」は様々な要素がパワーアップしてました。
カラフルでポップなグラフィック、双六のようなワールド、新たなマリオの変化。
「スーパーマリオ」発売時と違って、世の中では「ドラクエ」や「FF」をはじめとしたRPGが人気になっていて、僕もどちらかといえばRPGの方を好んで遊ぶようになってましたが、久しぶりに遊んだ「スーパーマリオ」の最新作に夢中になって遊んだものです。

ただ、この頃はもう弟が少しずつゲームを遊ばなくなっていて、一緒に遊ぶ機会も少なくなり一人で遊ぶことが多くなってましたねえ。


その後、新ハードのスーパーファミコンで「スーパーマリオワールド」が発売されました。


この頃の僕は大学生になっていて、スーパーファミコンも自分のバイト代で購入しました。
遊びたいのは「ファイナルファンタジーⅣ」、そして「ゼルダの伝説 神々のトライフォース」。
今後、発売されることが決まっていた「ドラクエ」や「女神転生」、「ウィザードリィ」の新作。
大学生と言えばもう大人、こんな年になって「マリオ」なんて遊ぶわけないっしょ
なんて捻くれた考えを持っていたので、最初は買わなかったのですが…

行きつけのショップでセールが行われていて安くなった時に買ってみたんですよ。
その当時、特に遊んでいるゲームもなかったんだっけな。
ま、大人な僕だけど安いから「マリオ」遊んでもいいか、どうせ「マリオ」なんてすぐ飽きるだろうし、そしたら中古で売ればいいか。
ぐらいの気持ちで買ったと思うのですが…

遊んだらガッツリ、ハマりましたね。

やっぱりマリオ面白いわ!
捻くれてたアホな大学生の僕に「スーパーマリオ」の面白さを再認識させてくれたタイトルでした。

「スーパーマリオ」と言えばファミコンで発売されていたものがもう1本。
「スーパーマリオUSA」
でも僕が「スーパーマリオUSA」を初めて遊んだのは、スーパーファミコンの「スーパーマリオコレクション」でした。

「スーパーマリオUSA」と共にファミコンで発売された「1」「2」「3」がカップリングされたコレクションソフト。
グラフィックもスーパーファミコン用に作り直されていて、綺麗になっていたのですが、やはり1度クリアしたものばかりだったためか、買ったはいいもののそこまで遊び込まなかったかな。
グラフィックが「ワールド」並に綺麗になっていた「3」ばかり遊んでいた気がします。
「USA」は…
ファミコン版の「スーパーマリオUSA」は遊んだことなかったけど、実はその原作とも言える「夢工場ドキドキパニック」はめちゃくちゃ遊び込んでたんですよ。

だからスーパーファミコンで初めて「スーパーマリオUSA」を遊んでも、そこまで新鮮味は感じられなかったかな。

この後、Nintendo64が発売されて「スーパーマリオ64」が発売、以降マリオシリーズは3Dゲームへと新たなる進化を遂げていくのですが…

この辺まで書きはじめてしまうとますます収まりがつかなくなるのでここまでにしますか。
元々はファミコンの「スーパーマリオブラザーズ」の記事であったわけですし。

⚫︎今回のまとめ

今回はFCの「スーパーマリオブラザーズ」と、そこから繋がるスーパーマリオシリーズの思い出語りでした。


「スーパーマリオブラザーズ」40周年。
先日放送されたNintendo Directでも40周年に合わせてマリオ関連の作品が色々と発表されましたね。


個人的には3Dマリオの最新作に期待していたのですが…

まぁ今後に期待しましょう。

40周年の「スーパーマリオブラザーズ」
僕が遊んだのが10代の頃で今はもう50代。
こんな歳になってもゲームを遊び続けてるだなんて、あの頃想像もしてませんでした。
ファミコンを買ってくれた父親の当時の年齢を超えてるわけですが、大人になったら、父親と同じような年齢になったら、父親と同じく子供と一緒にゲームを遊ぶことなどせず仕事に勤しみ、休みの日には同僚と一緒にゴルフに行くようになるんだと思ってましたよ。

まさかこんな年齢になってゲームばっかり遊んでいるだなんて。

ひとえにこれもマリオのせいだ!

と言っても過言ではありません。
ゲームって面白いもの、それをマリオが教えてくれたと思いますから。

まあそれも悪いことだとは思ってませんし、そんな自分が好きでもありますけどね。

今でも気が向いたら初代の「スーパーマリオブラザーズ」で遊びます。

今ならSwitchやSwitch2のOnlineで遊ぶことも出来るのですが、僕はもっぱらゲームボーイミクロで遊ぶことが多いですね。


このファミコンカラーがイイんですよ!
画面の小ささもむしろ良い。
ホント、小さくてイイハードだなぁゲームボーイミクロ。

ただ、今遊んでも全然難しいゲームなので、中断セーブや巻き戻し機能があるSwitch Onlineで遊ぶ方が絶対遊びやすいですけどね。
ミクロなんて昔のハードで遊んでること自体、捻くれたオッサンの証かもしれません。
かつてSFCで「スーパーマリオワールド」が出た時に、
大学生になってまでマリオなんて遊ぶかよ!
なんて捻くれてた僕ですが、50になっても全然成長していないことが伺えますね。


そんな全く進化してないどころか退化し続けているオッサンと比べて、常に進化を続ける「スーパーマリオ」
(比べること自体が失礼!)
この先45年、そしてまさかの半世紀、50周年、どんな進化を見せてくれるのでしょうか。

その時も、生きているならば、きっと僕はゲームを卒業できずにマリオを相変わらず遊んでいるんだろうな。

そしてまた、ゲームボーイミクロで「スーパーマリオ」を遊んでいるんだろうな。

大事な50周年に記事書く時に壊れていないように、大事に遊び続けよう…

自分が壊れてるかもしれないけれど。

今回はこの辺で。

いつかまたここで会いましょう。

それではまた次のアニバーサリーに向けて、ヒアウィーゴー!

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