前作でキングギドラとモスラがまとめて出たので、平成vsシリーズと同じ流れのリボーン作とも言えます。
復活シリーズ2作目の「メガギラス」が興行成績的に期待通りではなかったので、過去の人気怪獣を登場させるという流れも、「ビオランテ」の結果を受けたvsシリーズの流れと同じですね。
(個人的に「ビオランテ」はシリーズ最高傑作ですし、「メガギラス」もどちらかと言えば好きな作品なのですが)
そんな事情もあって、再び登場することになったメカゴジラ。
復活した際に微細なマイナーチェンジ程度で基本のデザインほぼ変わることのないキングギドラやモスラと違い、ロボット怪獣なだけあって、デザインは毎回大きく変わってます。
ロボット怪獣とは言いますが、昭和メカゴジラやVSメカゴジラ、モゲラと違ってまるっきりのロボットというわけではなく、ゴジラの骨をフレームとして、その骨に残る遺伝子情報なども組み込んだ、いわゆる生体兵器と呼べるものです。
ゆえに現存するDNAにはかつてのゴジラとしての記憶が残っているのです。
そして、裏の設定ではありますが、今作のゴジラはメカゴジラ・機龍の元になった初代ゴジラの息子であるとのこと。
(ちなみに作中でのメカゴジラの呼称は全て『機龍』。『メカゴジラ』と呼ぶのは子供たちがちょっと口にする程度)
人間の水爆実験によって生まれ、その人間によって命を失いながらも、またもやその人間から機械の命を与えられて望まぬ復活を果たした上に、同族(裏の設定通りなら息子)と戦う運命を負った初代ゴジラの物語とも言えるのが今作。
最初にゴジラと戦った(戦いにはなってませんでしたが)時が、とても印象的でした。
目の前に飛来した機龍を見て固まってしまうゴジラ。
固まったまま、機龍の攻撃を受け続けるゴジラのその姿は、目の前の無機質なロボットに同族の面影を感じて、戸惑っているように思えます。
反撃さえせず、戸惑うように後ずさるゴジラ。
そんなゴジラへ人間に操られるがまま容赦なく攻撃を続ける機龍。
ゴジラは機龍へ、何故だと呼びかけるかのように大きく咆哮。
その魂の咆哮が、機龍の中のゴジラのDNAを駆け巡る。
フィードバックする、かつてゴジラだった時の記憶。
そのまま停止する機龍。
機龍から目を背けるように海へと逃げ戻るゴジラ。
一方、ゴジラであった時の記憶を思い出したかのように暴走をはじめる機龍。
あれは王蟲の攻撃色!
とでも言わんばかりに目の色が変わり、炎のように赤く燃えます。
「まるでゴジラのようだ…」
湯原のセリフの通り、ゴジラであった時を思い出したかのように暴れ回る機龍。
暴走する機龍を止める術はなく、エネルギーが尽きるのを待つのみの状態。
悲しい機械生命体の姿とともに、死んだものを蘇らせるという禁断の神の領域へ足を踏み入れてしまった人間への報いのようにも見られました。
やがて沈みゆく太陽とともに機能が停止する機龍。
ゴジラとのファーストコンタクトは、ゴジラ史上、最も悲しい戦いであったと言えるかもしれません。
まさに、シリーズ屈指の名シーンとも言えるのですが…
ひとつ難を言えば、どうにもエヴァっぽい。
いいシーンだったんだけど、当時大人気だった「新世紀エヴァンゲリオン」の影響をめっちゃ受けてるなーと思っちゃったんですね。
機龍の暴走から夕暮れの停止シーンなんて特に。
また、シーンは変わりますが、ラストバトルでエネルギー切れの機龍に関東中の電力を集める展開も、あれってヤシマ作戦ですよね?
ストレートすぎるくらいのエヴァっぽさに、こんな時、どういう顔をしていいかわかりませんでした。
「笑えばいいと思うよ」
とか言われましても、コメディ映画じゃないのに笑うかぁとか思いながら、その既視感がちょっとね。
ま、そんなエヴァっぽさも感じられながらも、今作のメカゴジラ、機龍の設定自体は好きでしたね。
設定の前にデザインがいい!

昭和メカゴジラとvsメカゴジラのいいところを組み合わせて、更にスタイリッシュにしたようなデザイン。
歴代メカゴジラの中でも個人的には1番カッコ良いデザインだと思います。(モゲラも含めて)
満月をバックに降下するシーンは神がかったカッコよさ!
ラストバトルでのゴジラとのスピード感溢れるバトルは、男の子ゴコロをくすぐります。(映画館で観た当時は既にオッサンの域に差し掛かっていましたが)
キングコングを思い出させるジャイアントスイングもあり。
ミスミスミスとは言いません。
対するゴジラも結構アクロバティックに動きまわるんですよ。
vsシリーズのゴジラのように、どっしりと構えた破壊神というより、昭和ゴジラの軽快さが戻ってきたかのようなゴジラの動きが、ロボット離れした機龍とのバトルを更に盛り上げます。

志村、後ろーーー!
みたいな展開は、あれ?機龍ちょっとかわいいな、みたいな萌え要素もありました。
ただ、最初から最後まで、その機龍について回るのは、やはり望んで生まれたわけではない命という問題。
元はゴジラでありながら、ゴジラを倒すために与えられた命であるという機龍の抱える問題。
加えて、生まれもつゴジラのDNAが同族のゴジラを呼び寄せてしまうという大きな矛盾も抱えていることが判明。
甦らせるべきではなかったのか?
生まれてくるべきではなかったのか?
機龍の命の価値が問われます。
その機龍に寄り添うのが、主人公で、機龍のメインオペレーターである家城茜。
主人公をはじめ、人物の描き方は、同じ手塚昌明監督の「メガギラス」と比べると随分良くなってます。
主人公の家城茜も、寡黙なクールビューティであり、これまた男の子ゴコロをとてもくすぐります。
演ずる釈由美子さんが、とてもお綺麗で、そしてカッコいいんですよ。
髪型と言い、寡黙なところといい、このあたりも綾波レイの影響受けてんのかな、とか言うのはさすがに勘繰りすぎなのかもしれませんが…
ただ、寡黙でカッコいいだけでなく、先に書いた過去に犯した罪の意識の自責からの脱却が、機龍のもつ存在の矛盾感と上手くリンクして、人物描写が本当に良く描かれているんですね。
茜は、かつてゴジラとの戦い、その最中に自身の判断ミスから同僚たちを死なせてしまった過去があります。
そのバックボーンは、同じく女性主人公だった「xメガギラス」の辻森に通じるものがありますが、常に誰かのせいにしていた辻森と違って、茜は常に自責の念に囚われており、自分はいつ死んでもいい人間、生まれてきてはいけなかった人間だという思いを抱いています。
同じく生まれてくるべきではなかったと言われる機龍の意思にも通じる茜の心情。
その茜、そして機龍に対して「生きていてはいけない命なんてない!」というのが、母を亡くした少女、沙羅。
母の死が、彼女に命の重さを教え、暴走した機龍の中にかつてゴジラであった意思が生きていることを汲み取り、自身の命を軽く考えがちな茜へ命の大切さを伝え、それが最後に力を与える結果となるのです。
(ちなみに沙羅の父親であり茜に惚れる湯原氏は、かつて漁船に乗っているときにゴジラに遭遇し、巨大フナムシに襲われた過去など無いと思います。多分)
他にも、茜の判断ミスから兄が戦死した過去をもつ葉山など、主人公をとりまく人物たちの描写が非常に上手く描かれています。
「vsメカゴジラ」の青木や、「メガギラス」の工藤など、イラッとさせられる言動を行う人物は1人もいません。
逆に強烈な個性を持った人物がいないとも言えますが、それがシリアスな今作の世界観に非常にマッチしているんですね。
(湯原氏のみ、かつての奥村兄さんと違って軽い言動が見られますが、それが一服の清涼剤のような存在にもなっています)
今回は「ゴジラxメカゴジラ」について語ってみました。
今作は機龍と茜、そしてゴジラの命の物語。
ただ、若干説明不足なのが惜しまれるところ。
今作は、最初から「とっとこハム太郎」との併映が決まっている上で制作されているので、上映時間が90分程度と、従来作に比べるとかなり短いんですよねぇ。
それだけに、説明不足な部分がちょっと多いように感じられるというか。
茜が、自分のことを「生まれてきてはいけなかった人間」と思い込んでいるのも、ゴジラとの戦いで同僚を死なせてしまったことの他に、彼女自身の過去のことも含めれてはいるような語りもあるのですが、そこが劇中で語られないので、なぜそこまで自身の命を軽んじているのかが上手く伝わってこないんですよねぇ。
機龍と2戦目に挑んだゴジラに1戦目のような戸惑いがなかったのも、ちょっと残念でしたが。
最初に組み合った時に、同族の小宇宙(コスモ)は感じても、やっぱり鉄の塊のコイツは違うんだと思ったのかもしれませんけどね。
まさに審判のロックアップ!
上映時間が短い分、テンポは非常にいいのですけどね。
特撮技術、CGによる描写も「メガギラス」と比べると非常に良くなってます。
オモチャにしか見えなかったグリフォンに比べて、今作の架空兵器、しらさぎの造形や描写は非常に現実感ありましたし。
従来作のように、あと20分ぐらい尺があれば、もう少し名作度が上がっていたのかもしれませんね。
尺の問題かな。
釈はよかったケド。
私に時間をーーーーー!
今回はこの辺で。
いつかまたここで会いましょう。
あ、あともう1つ!
ゴジラ松井が登場するサービスシーンは1回だけで良かったと思うんですけどねぇ。


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