生きて、抗ってます。
どーも、たけGです。
⚫︎「ゴジラ-1.0」という作品について
2025年現在の日本のゴジラ映画最新作
「ゴジラ-1.0」

アカデミー視覚効果賞を受賞し、世界的大ヒットとなった作品で、怪獣映画という枠を超えたとも言える社会現象を起こしました。
僕の好きなゴジラシリーズの中でも、やはり社会現象となった前作「シン・ゴジラ」と比較しても比肩するぐらい、いや世界に目を向けたら間違いなくそれ以上のインパクトを与えた特異点的な作品と読んでも過言ではないでしょう。
そんな「ゴジラ-1.0」ですが、僕個人の感情としては少し複雑な思いがあった作品になっています。
作品の内容に対して、ではありません。
社会現象を巻き起こしたほどの今作の上映時期と重なった、僕の個人的な環境によるものです。
⚫︎公開当時の僕個人の背景について
Xの方から来られている人、このブログを毎回欠かさず読んでくださっているような方ならご存知の方もおられるかもしれませんが、2023年末、まさにこの「ゴジラ-1.0」が絶賛上映中だった時期。
12月25日のクリスマスの夜。
僕の奥様が空へと旅立って行きました。
この映画が上映され話題になり始めた頃には奥様の症状が悪化し始めた頃であり、いかに好きなゴジラ映画の最新作であっても、とてもじゃないけど見に行こうだなんて思わなかった時期だったのです。
そして奥様を空へと見送り、新年を迎えても映画を見に行くことはありませんでした。
手続きなどいろいろと忙しかったのもありますが、心情的に1人で映画を見に行こうという気分にもなれなかったのが大きかったです。
あの時期の僕は奥様に関する手続きや、再開した仕事などやらなければいけない事だけを淡々とこなして、あとは帰って奥様の祭壇の前で寝るだけという生ける屍のような毎日を送ってました。
…1人ゲームばっかりやってる今も、そんなに変わらないかもですが。
そんな毎日を過ごしながら奥様の四十九日も終わった頃、「ゴジラ-1.0」の映画館での上映が終映するというニュースを目にしました。
もうBlu-rayやDVDが出てから見ればいいかぐらいに思っていた僕ですが、このニュースを見て、

ちょっと気晴らしに映画でも見に行ってもいいか
と思って、終映する前に見に行くことに決めたのです。
とは言え、日祝日の映画館に行くのは当時の僕にはとても困難だったんですよ。
大勢の家族連れやカップルを目にするのが怖かったので、平日の仕事終わりの夜、最後の上映時間のタイミングで観にいきました。
奥様と映画を見に行く時には必ず買っていた、奥様の大好きだったキャラメルポップコーンとコーラを購入し、2人分の席を購入。
もう1つの席に持ってきた奥様の写真を置いて鑑賞しました。
観終わった後の感想で言えば非常に満足な作品でしたね。
素直に面白いと言える作品でした。
太平洋戦争終戦時から始まり、戦後の復興期の日本を舞台にした物語。
前作「シン・ゴジラ」を遥かに超えたCG技術による映像表現。
そして何より初代「ゴジラ」以来じゃないかと思われる本当に怖いゴジラ。
この後に書く内容で本作のネタバレに繋がることが出てくるかもしれません。
極力配慮しようとは思いますが、内容を書く以上どうしても触れてしまうことがあると思いますので…
まだ見ていない方で今後見てみようと思っておられる方は、まず映画を見られてからこの後の内容を読まれることをお勧めします。
⚫︎「ゴジラ-1.0」感想
今作の舞台は戦後間もない1945〜47年の日本が舞台。
これは初代の「ゴジラ」よりも昔の設定であり、歴代ゴジラシリーズの中でも最も昔の時代背景を舞台にしています。
戦争体験で大切なものを多く失い、傷ついた人たちが再生していこうとしている日本へゴジラが上陸するのです。
特攻から逃げて生き延びた、神木隆之介さん演じる敷島を主人公にした物語。
敷島はゴジラに遭遇した時に恐怖で身がすくんでしまい、その事がその時に死んだ者たちが自分のせいで助からなかったと思い込んでいます。
正直なところ、この時の責を敷島一人に負わせるのは酷な話だと思わせる背景なのですが、敷島は自分のせいだと思い込んでしまっており生きていることに負い目を感じています。
更には帰国して家に戻ると両親は死んでおり、自宅周辺は焼け野原に。
隣家の澄子から、敷島ら軍人が不甲斐なかったからみんな死んでしまったと詰られます。
自分の弱さが皆を死なせてしまった。
自分は生きてはいけない人間、自分は死んでいるはずの人間。
死ななければいけないのかもしれない。
そんな負い目が、焼け野原の東京で出会った典子や明子を受け入れているのに、どこか距離を置いて受け入れようとしない複雑な思いを抱いているのです。
生きるとは何か、生き続けていくとは何か。
この映画はそのテーマで描かれています。
生き残った者は生き続けなければならない
浜辺美波さん演じる典子の言葉は、今の僕の胸にもとても突き刺さります。
戦争によってゼロ状態になった日本。
それは敷島の心も同じ。
本来ならば、行き場所のない典子と明子を受け入れて養うような優しい心の持ち主。
特攻から逃げたのも自分の死への恐怖からだけでなく、相手の兵士を殺してしまうことへの恐怖もあったのかもしれません。
それが戦争によって家族を失い、仲間を失い、心も壊されてしまった。
しかしそんな敷島も、典子や明子と生活し2人と距離を置こうとする一方で、少しずつ心が再生して行きます。
もう一度、生きてみたいんです。
日本の復興とともに敷島の心もゼロからプラスへと回復して行き、生きることへ前向きになろうとした矢先、日本にゴジラが上陸します。
ゴジラの上陸によって日本は再びゼロからマイナスへ。
敷島もまた再びマイナス状態へ心が壊されます。
生きてはいけない自分が生きていきたいなんてバカな願いを持ったから、大切な人を失ってしまったんだと。
ゴジラへ復讐する。
差し違えてでも。
再びマイナスへと向かった敷島の心を生き残るプラスの方向へ引き上げたのは、絶望に抗って生きようとする人々、彼に生きていてほしいと願う人々の想いでした。
ゴジラ映画で人間ドラマは不要だなあと思うこともたまにありますが(特にハリウッド版)、今作の物語は本当に良かった。
大切な人を失ってしまった自分自身の心が反映されてしまっているのもありますが、生きるということを描いた本作の物語はシリーズ中No1であったと断言できます。
出てくる人々も本当にいいキャラクターばかりでしたが、僕は安藤サクラさん演じる澄子さんが良かったなあと感じています。
彼女も空襲で我が子たちを失い、心に深い傷を負っている一人。
特攻に出ながら生き延びてきた敷島を強く詰りながらも、本心ではとても優しくて、強い女性を描いています。
青木崇高さん演じる橘もいいキャラクターでした。
ゴジラと遭遇し、仲間が死んだ責を敷島一人に背負わせてしまった人物でもありますが、死に向かおうとする敷島を救ったのもまた彼でした。
彼もまた、敷島と同様に仲間を死なせて一人生きながらえていたことに負い目を感じていたのではないかということが、敷島へ伝えた最後の一言、「生きろ」に込められていたように思います。
自分の個人的な背景が反映されすぎているとも思いますが、ゴジラ映画でこんなに泣ける物語は初めてでした。
アカデミー賞を受賞した映像表現も良かったですね。
前作「シン・ゴジラ」に引き続いて着ぐるみを使用しないCG映像でのゴジラ映画だったわけですが、CG技術に関して言えば間違いなく前作を超えていたと思います。
あれから7年という時間が過ぎているのももちろんありますが、戦後日本の街並みは「ALWAYS 3丁目の夕日」、軍艦などの描写は「アルキメデスの大戦」を手掛けてきた山崎貴監督の手腕がいかんなく発揮されているものでした。
銀座の街でゴジラが暴れ回る描写は、ハリウッド版ゴジラと比べて予算こそ圧倒的に及ばないと思われるものの遜色ない出来栄えであると思います。
流石にゴジラやコングが飛び回り、熱戦やミサイルが飛び交うような派手なシーンには圧倒的に及びませんが、そんなエンターテイメントを抜きにした圧倒的なリアリティと、巨大なゴジラが紡ぎ出す絶望感は圧倒的に今作の方が上だと僕は断言できます。
これは劇場で見た時、本当に圧倒されました。
重巡高雄とゴジラのバトルは、軍艦の間を八艘飛びするコングよりも凄い!って思えましたから。
あと戦闘機、震電も良かったですね。
レシプロ機にはロマンを感じます。
そして今作のゴジラは本当に怖い!
歴代ゴジラの中で1番怖いと思えるゴジラではないでしょうか。
長いゴジラ映画の歴史の中でも、怖いと思えるゴジラは実は意外に少なくて。
ゴジラを怖いと思える作品を挙げるとしたら、個人的には
初代「ゴジラ」
「ゴジラ・モスラ・キンググドラ 大怪獣総攻撃」
そして記事冒頭で紹介した「シン・ゴジラ」の3作だけなんです。
ただ、この3作においてもゴジラの怖さはどれも異質で。
「GMK」のゴジラはどちらかというとオカルト的な怖さを持つゴジラでした。
太平洋戦争で死んだ人々の怨念が結集して生まれたゴジラは常に白目で、歴代ゴジラの中でも実にモンスター感が溢れています。
いわゆるホラー映画の、何をしても死なない規格外のモンスター。
千年竜王キングギドラの全力の光線を受けてもニヤリと笑うゴジラは、人間の想像さえ及ばない神にも近い存在の怖さでした。
「シン・ゴジラ」の怖さはモンスターというよりも台風や地震などといった天災に感じるような怖さだったと思います。
意思や目的といったものは感じられず、ただ本能によって動き回り結果周囲を破壊し、人々はなす術もない。
ヘリコプターによる銃撃が鋼鉄の壁によって跳ね返されてるかのような硬質の皮膚の描写もゴジラの無機質感を強く見せて、生物ではなく天災であるかのような恐怖を見せてくれます。
そして、初代「ゴジラ」の恐怖は未知の生物に対する恐怖でありました。
人間の想像の及ばない生物、しかし生物であるからこそ立ち向かうことのできる恐怖。
それは今作のゴジラに通じるものであり、初代「ゴジラ」と同様に生物としての恐怖をより強く再現したのが今作のゴジラでないかと思うのです。
敷島や橘が最初に大戸島で遭遇した、恐竜サイズのゴジラ。
このゴジラは「ゴジラvs.キングギドラ」におけるラゴス島のゴジラザウルスを彷彿とさせますが、その生物的な怖さは段違い。
ゴジラザウルスは自分のナワバリであるラゴス島に上陸してきた米兵たちを追い回すだけでしたが、今作のゴジラはおそらくゴジラ史上初めて、人間に直接噛みつきます。
ゴジラはこれまで他のシリーズ作で対戦相手の怪獣や電車に噛み付くといった描写はありましたが、人間に直接噛み付く描写は意外にもなかったんですね。
それが今作のゴジラは、逃げ回る人間に噛みつき、咥えあげ、放り投げる。
捕食の描写こそないものの、このゴジラが噛みつく行為が本当に怖い。
逃げ惑う人々を追い回して噛みつくゴジラが本当に怖い。
ここで今作のゴジラの怖さを植え付けることに成功しています。
そしてその後、アメリカ軍の核実験によって爆発に巻き込まれ巨大化したゴジラが、敷島たちが乗る船を追い回すシーンがまた怖い。
ゴジラが泳ぎ、船を襲って破壊するシーンはこれまでもありましたが、水面から顔をあげて執拗に逃げる船を追い回すシーンは今作が初めてではないでしょうか。
その姿はサメや熊が執拗に獲物を追いかけるシーンにも似て本当に怖いんです。
そう、今作のゴジラの恐怖はその表情や目にあると言っても間違いない。
「GMK」のゴジラは常に白目であり、未知のモンスター的な表情であり、「シン・ゴジラ」のゴジラは基本表情は変えない無機質的なものでしたが、今作のゴジラの表情は執念や怒り、苛立ちの表情が常に見られるんです。
眼球も白眼ではなく常に獲物を追って動き回っている。
そんな生物的な恐怖を描いているのが、今作のゴジラでした。
生きることをテーマにした物語、見事な映像表現、そして歴代屈指に怖いゴジラの描写、それらが見事に融合した傑作だったと感じたのが今作「ゴジラ-1.0」というのが、映画を見終わった後の僕の感想でした。
⚫︎今回のまとめ
今回は「ゴジラ-1.0」の感想を綴ってみました。
映画館での上映期間終了間際で見た後で、もう一回、見にいく機会が出来ました。
今作がアカデミー視覚効果賞を受賞した記念でリバイバル上映が行われていた時に、平日休みがシネマデーで重なっていたので見にいきました。
2回目だったので内容はすでにわかっていた上で見たのですが、やっぱり面白かったですね。
泣けるシーンでは同様に泣きました。
1番の泣けるシーンは、敷島が最後にゴジラと向かい合う瞬間、一瞬、元気だった頃の典子の笑顔を思い出すんですよ。
このシーンが個人的にはとても泣けます。
ちょっとネタバレになってしまうのですが、このシーン、
震電に乗っている敷島が、命と引き換えに特攻してゴジラを討とうとするシーンに見えて、実は彼が生きることを選択する瞬間であったんですね。
その瞬間にこの時点では、もう死んだと思っていた典子が元気だった頃の笑顔を思い出す。
典子の思いとともに生きていこう。
敷島がそう心に思ったシーンであったのではないかと、僕は思ったのです。
その後、Amazonプライムビデオで解禁され、配信されている今作を何度も見て、更にテレビで放映された時も僕は今作を見てますが、その度にこのシーンは泣けて仕方がないです。
生き残った者は生き続けなくてはならない。
一人、生きていくことは辛い時もあるけれど、奥様の思いと共に生きていこう。
見直すたびにそう思わせてくれる映画でした。
個人的にはシリーズ作の中でもかなり上位に位置すると思える内容です。
では、超個人的なシリーズ作でのランキングの順位は何位になっているのか。
そこについては、以下の記事を参考にしていただけたら幸いです。
今後の新作もまた期待できますね。
今作の山崎貴監督が続投ということは、今作の続編になるのかな?
ラストシーンの典子、そしてゴジラはなんとなく続きを示唆するような感じでもありましたけど。
続報に期待しましょう!
今回はこの辺で
いつかまたここで会いましょう
そろそろ日本のゴジラ映画でも対決ものも見てみたい気がしますね!



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