7月19日はPS2「ファイナルファンタジーX」の発売日。
あれからもう24年、時の移り変わりの速さに改めて驚きを禁じ得ない年数ですね。
今回の記事は父の日をテーマにした記事でもありますが、そんなFF10の思い出を綴っていきます。
どーも、たけGです。
父の日に思い出すゲームと言えば・・・
今年の父の日は6月21日(日)
そんな父の日に、お父さんが印象的なゲームの紹介でもしてみようかと思ったわけなんですけどね。
母の日に紹介したゲームと同じ流れかもしれませんが…

これまたリンク先の記事で紹介している母の日のゲームの時とまた同じ流れですが、ゲームの世界で登場するお母さんと言えばいろんなお父さんを思い出します。
母の日で挙げた「MOTHER」に出てくるお父さんは素敵なお父さん。
「1」と「2」は電話でしか話すことがなく、ゲーム中でその姿は見られないのですが。
はたから見たら電波系な理由を訴えて(いや、無口主人公なのでどんな説明をしてしているかはわかりませんが)、家出ともとれる放浪生活を行う息子へ寛大なる理解を示し、あまつさえ子供へのお小遣いというには莫大すぎる金額のお金をキャッシュカードへ振り込んでくれるなど、金銭的援助も全く惜しまない偉大すぎるお父さん。
こんなお父さんが欲しかったと思ったMOTHERプレイヤーも多いのではないでしょうか。
現実的に思い返せば、ちょっと金銭援助のレベルが過ぎる気がしないでもないですが…
(ゲーム後半になるとドバイの大富豪かと思うぐらいの金額を振り込んでくれます)
「MOTHER3」のフリントも印象的なお父さんでした。
家族の喪失という悲劇に翻弄されながらも最後まで息子たちのことを想い続けていた、つよくてやさしいおとうさんでしたねぇ。
有名どころで言えば「ドラクエ」シリーズも外せません。
「Ⅲ」のオルテガ、「V」のパパス、「Ⅶ」のボルカノ、どれも魅力的で印象深い父親たち。
特に「V」はゲームを進めるうちに自分が父親になるということで、父と子三代に渡る作品でもありました。
格闘ゲームの「餓狼伝説」のボガード兄弟と父ジェフ親子の物語も印象的ですし、ギースとロックの血縁故の因縁もありましたね。
「鉄拳」シリーズの三島親子の関係は強烈すぎますか。
他のゲームなどを色々とあげていくと前置きだけで大変なことになりそうなのでこの辺にしておいて、今回の父と子のテーマで印象深いゲームとして挙げたいのはPS2「ファイナルファンタジーX」です。
FFシリーズ大きな転換点「ファイナルファンタジーX」というゲームについて
「FFX」における父と子の物語を語る前に、まずは「FFX」というゲームについて語っていきましょうか。

「ファイナルファンタジーX」はその「X」が示す通り、「ファイナルファンタジー」シリーズの10作目。
そしてプレイステーション2初の「ファイナルファンタジー」でもありました。
10作目の区切りだからか、はたまたPS2で始まる新たなFFの幕開けだからか。
前作の「FFⅨ」まで、ファミコンで発売された初代「ファイナルファンタジー」から正統進化を続けてきたシリーズですが、新ハードになったことに合わせてこれまでの「FF」から様々な点がドラスティックに変化した作品でもあります。
ワールドマップの廃止
まず、初代「FF」というか、「ドラクエ」から連綿と受け継がれてきていた自由に歩き回れるワールドマップが廃止されています。
現在地から次の目的地へはそこをつなぐ街道などを歩いていくことになりその道のりは基本的に一本道。
目的地をすっ飛ばしてマップの逆方向などへ歩いてみて、別の街へ行ってみるといったお遊びは出来なくなってます。
(例えば「FFⅡ」は最初の街からいきなりミシディアの街まで歩いて行けたりします)
FFシリーズの代名詞の1つとも呼べる飛空艇は登場しますが、ワールドマップが無くなったもんでこれまでのように自由に世界を飛び回ることは出来なくなってます。
それでは飛空艇はどうなっているのかと言うと、街から街へ、間の道を歩かずに一瞬にして移動できるようになる便利な乗り物になってるわけですよ。
ま、言ってしまえばファストトラベルですね。
RPGのワールドマップの移動、特にFFシリーズの飛空艇入手してからの地形効果やモンスターとのエンカウントを無視できる高速移動が大好きだった僕は、この仕様を知った時にはちょっとガッカリしたもんです。
物語への没入感を高めるために敢えて脱線する要素を省いたとも取れますが、PS2最高峰とも呼べるFFXの映像表現で従来のワールドマップや飛空艇での移動を再現するのは困難になってきたのかなぁとも思いましたね。
戦闘システム、召喚魔法の変更
更に「FFⅣ」から登場してシリーズお馴染みになった戦闘システムATB(アクティブタイムバトル)も今作では廃止。
リアルタイムでの緊張感溢れるコマンド入力バトルから一転、今作で採用されているのはCTB(カウントタイムバトル)。
敵味方含めて行動する順番が表示されるので、数手先を考えながらどのような行動を取るのか判断していく、非常に戦略性の高いバトルシステムになってました。
僕は前作までのATBがとても好きだったのですが、今作のCTBも理解してみれば好きなシステムだったので、戦闘の変化に関しては良かったです。
今作限りのシステムになってしまったので、世間的なウケはあまり良くなかったのかな?
FFと言えばでお馴染みの召喚獣についても扱い方がかなり変わってますね。
前作までは召喚したら一瞬出てきて、ドカーンと強力な技をかましてそのまま去っていく、言ってしまえば見せ方が派手な全体魔法みたいなものでした。
それが今回の召喚獣は召喚されたら一定時間、召喚士のそばで一緒に戦ってくれるようになったので、これこそが召喚獣だろうと言う形にようやく落ち着いた感じでした。
まあ、これまでの出てすぐ帰っていくパターンも嫌いではなかったのですが、Ⅶ以降登場シーンだけでかなりの時間を要するようになったのであまり使わなくなっていたのも事実なんですよねえ。
なので今作のように登場シーンにそこまで時間を割かずに、そばで一緒に戦ってくれるようになった仕様変更は大歓迎でした。
シリーズ初のキャラクターボイスの実装。
そして、前作から最大の変化というか進化したポイントは、キャラクターボイスの実装でしょうね。
CD-ROM機のプレイステーションになっても「Ⅶ」〜「Ⅸ」ではボイスは実装されてきませんでした。
それがPS2になって初の、声優によるキャラクターボイスの実装。
当初、僕は「FF」と言うか、ゲームに声がつくのには否定的でした。
SFCのゲームで生きてきたせいか、どうにもゲームのキャラがセリフを喋るのに慣れなかったんですよねぇ。
格闘ゲームのキャラが技を叫んだり、「スーパーロボット大戦」の戦闘シーンで絶叫するのには抵抗はなかったんですけども。
RPGなどのイベントシーンでいきなりキャラたちが声付きで喋り始めると、内容によっては時に小っ恥ずかしくなって直視できなくなったりしたもんです。
PCエンジンCD ROM2やメガCDのゲームで遊んだことがなかったのだから、耐性がなかったんだろうなぁ。
なので、PSで発売されてもボイスを採用しなかった「FF」シリーズには勝手に親しみを覚えたものです。
やっぱりFFはわかっているなぁ、と。
ところが「FFX」にて初の声優によるボイスの実装を知って。
うわぁ、それだけはやめてほしいなぁ。
とか最初のうちは思ったりしたもんですよ。
ところが買ってみて、いざ遊んでみるとこれが非常にしっくり来ましてね。
声がつくことによって物語への没入感が非常に高まりました。
感情の抑揚が非常に伝わってくるんですよ。
この「X」によって、それまで偏見で抵抗感のあったキャラクターボイスに抵抗が無くなったように思います。
今や「FF」だけでなく「ドラクエ」や「ゼルダ」でも声がつく時代。
キャラクターボイスに抵抗があったままなら、これらのゲームも下手したら全てを楽しめてなかったかもしれません。
そう考えると、ありがとう「FFX」といった感じです。
その他にも従来のシリーズから色々と変化をしているチャレンジングなソフトである「FFX」。
「ファイナルファンタジー」」の名前を冠さずに、別のタイトルで発売してもおかしくないと思えるほどの変更でした。
ま、「ファイナルファンタジー」の名前でなかったらここまで売れてないかもしれませんが。
統一された世界観
そんな、システム的に大きく変化した「FFX」ですが、その物語を彩る世界観も独特で、それまでのシリーズとは一線を画すものでした。
FFの世界観といえばそれぞれで差異はあるものの、大体にして剣と魔法の中世ファンタジーと近未来的なサイバーパンクな世界観の融合が常でした。
1作目からして飛空挺が出てますからね。
ところがこの「FFX」では一転、アジアンテイストなリゾート感溢れる世界観で統一されてます。
そう世界観の統一。
これが「FFX」の従来のFFシリーズと一線を画すところ。
これまでのFFにおいても例えば「Ⅶ」のコスタ・デル・ソルのようにリゾート感ある街が登場したりしましたがそれは世界のほんの一部でした。
FFと言えば先に書いたように中世と近未来の融合した世界観が多いのですが、それらを彩る世界背景も非常に雑多で和風であったり中華風であったりブレードランナー的な世界であったりと、すごいごった煮の世界なんですよね。
時代感や世界観は一体どうなっているんだというような、ごちゃ混ぜの混沌とした統一性のない世界観。
それがまた「FF」というゲームの魅力でもあるのですが、この「FFX」においては世界観は常に統一されています。
序盤の眠らない街ザナルカンドこそ、現代文明的な描写で描かれていますがそれはほんの最初だけ。
主人公ティーダの迷い込んだ、スピカと呼ばれる世界はFFシリーズとしては珍しく、統一性のとれた一つの世界としてしっかりと形成されているのです。
その世界を彩る雰囲気がまた非常に良くて。
巨大な魔物シンが存在し、定期的に世界を襲う運命の流れが決まっている世界。
それによってスピカは常に死と隣り合わせになっています。
不可避の厄災、シンによって命を落とす人々。
その人たちを送る召喚士による異界送りの儀。

絶望感や悲壮感に満ち満ちているはずなのですが、幻想的に描かれたその世界はとても美しい。
極上の音楽と相まって、非常に美しい世界を魅せてくれます。
うーーーん、僕の拙い表現力では上手く説明できないなぁ。
それぐらいに他に類を見ない、悲しくて美しい世界観で構成されているんです「FFX」って。
父と子の物語でもある「ファイナルファンタジーX」
さて、物語について。
物語はシンを倒す運命を背負った召喚士の少女ユウナと、彼女を守るガードたちがシンを倒すためにスピカを旅をするお話。
主人公のティーダは別に勇者でも光の戦士でもなく、異世界に迷い込んだ異邦人で、当初はなし崩し的にユウナを守るガードの一員となります。

ユウナと心通わせ、良い感じになる展開はあるものの(いわゆる“世界で一番ピュアなキス”な展開とか)時折モノローグ的に物語について語る場面が多くあり、その物語の中心人物というよりは狂言回し的な役割を持ったキャラとして描かれている感じです。
「ドラクエⅢ」で例えるならば、勇者一行の中の戦士か僧侶かが時折モノローグで物語を振り返りながら喋る感じでしょうか。
「旅の扉を抜けると驚いた。世界は、こんなにも広かったんだ」
「バラモスを遂に討伐して世界は平和になったと思っていたのに終わりじゃなかった。アイツも勇者の重荷から解放されてたはずなのに」
そんな感じで要所要所で物語を語る、主役なんだけど物語の中心人物ではないキャラクター、それがティーダの役割だったのですが…。
物語も終盤に差し掛かってくると、世界の運命をめぐる物語の脇役的存在だったティーダ自身の運命が一変し始めます。
物語の序盤より語られる偉大なる父親の存在。
偉大すぎる父親に対してコンプレックスを抱えており、数年前に失踪し行方知れずとなった父親の影を追い続けるティーダ。
ユウナの過酷すぎる運命をサポートする旅の途中で徐々に自分自身の運命もユウナの運命と、そしてスピカという世界そのものの根幹にリンクしていることを知っていきます。
そして、それに繋がるのが自分が追い続けている父親の存在。
父親が背負った運命にまた、自身が引き寄せられていたことを知るのです。
ユウナが世界を救うためのいわゆる王道的な物語と並行して、「FFX」とは息子であるティーダが父親であるジェクトの背中を追い続けた物語でもあった。
物語の終盤で、遂にティーダは父ジェクトと巡り合います。

ジェクトが数奇すぎる運命を辿っていた事を知ったティーダは、ジェクトに対して色々話したかった事でしょう。
聞き出したかった事でしょう。
おそらくはジェクトも同様に、息子と会ったら色々と話したかったのではないでしょうか。
ですが、父子の2人はようやく巡り会えたのに上手く話せないのです。

ちゃんとメシ、食ってんのか?

でかくなったな。

まだ、あんたの方がデカイ。

ははは・・・

オヤジ・・・

それでいいさ
父と子の、ぎこちなさすぎるやりとり。
ここの流れがほんとに好きで、「FFX」のイベントシーンでは一番好きかも知れない。
久しぶりに会った父と息子。
色々話したいこともあったはずなのに、どこかぎこちなく上手く話すことが出来ない。
でも、本当の父子でもこういう関係、あると思うんですよ。
実際僕も年に一回くらいの帰省で父に会って、一緒にお酒飲んだりしますが饒舌に色々と話すわけでもなくお互い言葉少なく淡々と話すぐらいで。
はたから見たらなんだか余所余所しいように見えるかもしれないし、後になって思えば、もう少し色々と話せばよかったとか、あれについても聞いてみればよかったとか思うことばかり。
「FFX」で、ティーダとジェクトのやりとりを初めて見たときに、あぁなんだかウチの親子関係みたいだなぁと思ったもんです。
きっと、同じように感じた人って意外と多いんじゃないでしょうかね。
言葉少な目に終わった父と子の再会。
父と子の2人を巡る、数奇すぎる運命とは…
ぜひ、ゲームを遊んで体感して欲しいと思います。
今回のまとめ
今回はPS2「ファイナルファンタジーX」の思い出語りでした。
この記事を書くにあたって、「FFXリマスター」で少し遊んでみたのですが。
オープニングの音楽、「ザナルカンドにて」が流れた瞬間にやられちゃいましたねぇ。
そして語られるティーダによるモノローグ。
掴みがほんと上手ですよね、このゲーム。
静かに流れる音楽に、抑えめの抑揚のモノローグ、ここでグッと来る人なら、このFFXの世界と物語にはバッチリハマれると思います。
ゆえに戦闘システムの変更はある意味必然だったのかも。
前作までのATBはFF好きな人ならなんの抵抗もなく入り込める秀逸なシステムですが、FF未経験者のプレイヤーにとっては結構忙しくて遊びにくいシステムかもしれません。
対して今回のXで採用された戦闘システムは、そんなに難しいものではなくじっくりと考える時間もあるので、理解してしまえば初めてFFを遊ぶ人にも馴染みやすいのではないかなとも思います。
さまざまな要素が混雑していない、統一された世界観。
ティーダのモノローグで語られる明るさと切なさの同居した物語。
わかりやすいシステム。
FFXというゲームは、初めてFFを遊ぶ人でも入り込みやすいFFなのかもしれませんね。
まぁ、初めてXを遊んだ後でⅨ以前を遊んでみたら、その違いに逆に戸惑うかもしれませんが。
そして続編のⅪはオンライン専用なので別物として、更にその後の続編であるⅫ以降はまたシステムがどんどん変わっていっているので、その後を遊んでもまた戸惑うかもしれないですけど。
他の「FF」は遊んだ事ないけど「FFX」だけが好き、そんなファンもいるかもしれないゲームです。
ティーダとジェクトの父子の物語は、ぜひゲーム中で目にしてみてください。
今回はこの辺で。
いつかまたここで会いましょう。
さて、父の日。お父さんと、どんな会話をしましょうか。


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